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テルミニ駅周辺×観光

テルミニ駅周辺×観光

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Villa Torlonia

ヴィッラ・トルロニア

アミューズメント要素満載のトルロニア公爵の敷地

ヴィッラ・トルロニアはローマにある公園のひとつで、美術館、オベリスク、カフェテリア等複数のアミューズメントがある。 もともと銀行家の貴族トルロニア公爵の敷地だった場所が公園として一般公開されている。 ネオクラシック建築家ジウゼッペ・ヴァラディエールによってデザインされたこの敷地は、1806年に貴族ジョヴァンニ・トルロニアのもと着工され、息子アレッサンドロの時…

Basilica di Santa Prassede

サンタ・プラッセーデ教会

簡素な外観で量れないローマの深さ

ネロ帝の時代に、聖ペトロなどキリスト教徒をかくまった元老院議員ブランテの娘、ブラッセーデは妹や信徒とともに殉教し、遺体は井戸に葬られた。 サンタ・プラッセーデ教会は9世紀、教皇パスカリス1世の命により、井戸に葬られた信者たちを弔うために建てられた教会で、身廊の入口に近いコスマーティ様式の床に組み込まれた丸い斑岩の板は、当時の井戸の位置を示している。

Terme di Diocleziano

ディオクレティアヌスの浴場跡

ローマ市民が愛したディオクレティアヌスの浴場跡に往時を思い馳せる

テルミニ駅正面玄関の先にはディオクレティアヌスの浴場跡がある。この浴場は、298~309年にディオクレティアヌス帝の命によって造られ、内部には各種浴槽と集会堂(バジリカ)や運動室を備え、庭園もあり、ローマ市民の憩いの場となり、一度に3000人が利用することができた。 その後、浴場は中世以降、教会や修道院に転用された。

Basilica di Santa Corce in Gerusalemme

サンタ・クローチェ・イン・ジェルザレンメ聖堂

ローマ七大聖堂のひとつ

ローマ七代大聖堂のひとつ。サン・ピエトロ大聖堂、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂、サン・パウロ・フォーリ・レ・ムーラ大聖堂、これら4大聖堂に次ぐ位置にある重要な聖堂。

Basilica di San Lorenzo fuori le Mura

サン・ロレンツォ・フオーリ・レ・ムーラ聖堂

静寂の中に佇むバシリカ

ローマの5大バシリカに数えられる格式の高い教会。バシリカとは建築様式の名称で、中央に細長い広間があり、両側に廊がある長方形型の建物のことである。 その歴史は古く、330年、コンスタンティヌス帝が、殉教者聖ロレンツォの為に墓を作ったのが始まりとされる。

Santa Pudenziana Viminale

サンタ・プデンツィアーナ教会

神々しさに圧倒されるモザイク

サンタ・プデンツィアーナ教会は、4世紀に創建されたローマの最も古いバジリカのうちのひとつである。 ネロ帝の時代に、聖ペトロなどキリスト教徒をかくまった元老院議員ブランテの娘、ブラッセーデとプデンツィアーナ姉妹は信徒とともに殉教した。 サンタ・プデンツィアーナ教会はプデンテの屋敷跡に145年に建てられたと言い伝えられているが、実際は2世紀の浴場跡に4世紀に建て…

Sant Andrea al Quirinale

サンタンドレア・アル・クイリナーレ教会

バロック建築の巨匠ベルニーニの自信作

バロック建築の巨匠ベルニーニ自ら代表作と認めていた自信作のサンタンドレア・アル・クイリナーレ教会。 奥行きよりその幅が広い設計はこれまでの教会建築の常識を破ったものである。 ポルトガル語で「歪んだ真珠」とも言われている「バロック」は、ルネッサンス時代の端正な形を逸脱し、型を破ろうという試みである。

Piazza del Quirinale

クイリナーレ広場

衛兵の交代式が行われる歴史の丘

ローマの街の元となったローマにある7つの丘のうち一番高いクリナーレの丘での営みは紀元前1200年頃から始まった。 ローマ時代は市民の居住区となり、16世紀半ばにクリナーレ宮ができ、歴代の教皇が住むこととなったローマの重要なエリアである。

Citta universitaria

大学都市

欧州屈指の歴史を誇る国立ローマ大学

中世時代の1303年、 ローマ教皇ボニファティウス8世が聖職者を養成する教育機関の設立を宣言した。 教皇勅書「イン・スプレマ・プラエミネンティア・ディグニタティス」が発せられ、ローマ大学の前身となる神学校 「Studium Urbis」 が設立された。 1870年、教皇庁管轄から国公立大学へと移管された。

Chiesa di Santa Bibiana

サンタ・ビビアーナ教会

ベルニーニが手がけた「聖女ビビアーナ像」

教会は 5世紀にエスクィリーノ丘の上に聖女ビビァーナの一族所有の屋敷跡に創建された。 1624年に主祭壇の下から聖女ビビアーナとその両親と妹の遺骸が発見された。 そのため教皇ウルバヌス8世の命により改築が始まった。 その際、ファサード(建築物の正面のデザイン)と祭壇の建設を担ったのは建築家ベルニーニである。 ここは、ベルニーニが最初に手がけた建築作品である。…

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