近世以降の建築物
65件
サンティーヴォ・アッラ・サピエンツァ教会
美しい中庭と、1週間で3時間だけ観ることのできる教会内部
サンティーヴォ・アッラ・サピエンツァ教会はナヴォーナ広場の東側に位置する、美しい中庭を持つ教会である。 この教会は元々はローマ大学の礼拝堂として建設された、17世紀のバロック建築時代のものである。
聖イグナチオ ロヨラ教会
300年以上前に描かれたトリックアートのような天井画
サンティニャツィオ教会は、イエズス会の創設者である、聖イグナチウス・ロヨラ(イタリア語読みでサンティニャツィオ)のために建てられた。 この教会はまるでだまし絵のような大迫力の天井画で有名な教会である。 天井画の名前は「聖イグナティウス・デ・ロヨラの栄光」1685年に制作された、アンドレア・ポッツォの作品である。 天井から上空へ天使や聖人たちが上昇してゆくよう…
モンテチトーリオ宮
代議院議事堂となった宮殿
現在代議院議事堂として使用されているのがモンテチトーリオ宮。 建物は17世紀初頭にベルニーニによって設計され、カルロ・フォンターナによって完成した。 最初は教皇裁判所として使用されていたが、1870年イタリア統一を機に下院議会として使用されるようになる。 通常毎月第一日曜は一般公開されており予約無しで内部見学が可能。
サンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会
オペラ「トスカ」の始まりの教会
サンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会は、ガイドブックではあまり取り上げられていないが、プッチーニ作のオペラ、「トスカ」の第一幕冒頭のシーンに舞台となる教会である。 この教会の礼拝堂に脱獄囚が隠れている所から物語が始まるのである。 バロック様式の豪奢な建築はカルロ・マデルノによるもの。 この教会のクーポラ(ドーム)はイタリアでは2番目に大きい。 ゆっくり細部ま…
カンチェッレリア宮
ルネッサンス初期の壮大な宮殿
カンチェレッリア宮は15世紀-16世紀に枢機卿ラファエーレ・リアーリオのために建てられた、初期ルネッサンス様式の宮殿である。 ラファエーレ卿はその後、暗殺未遂の容疑をかけられ、罰金と共にこの宮殿を差し押さえられたために手放し、ナポレオンの宮廷や法王事務局(カンチェッレリア)が置かれたた。
ファルネーゼ宮
盛期ルネサンス期に作られた神話の天井画
ファルネーゼ宮は、後に法王パウロ3世となったアレッサンドロ・ファルネーゼの命により、16世紀に建てられた建築で、イタリアの盛期ルネサンス期の中では代表的な建物であり、現在ではフランス大使館となっている。
カプチン修道会博物館
死について考えさせられる納骨堂
カプチン修道会博物館は、カプチン修道会についての博物館であり、「骸骨寺」と呼ばれる納骨堂が有名である。 博物館内に納骨堂が組み入れられ、2012年からカプチン修道会博物館となった。 納骨堂には3700体分の修道士の骨が納められている。
サン・フランチェスコ・ダッシジ・ア・リーパ教会
ベルニーニの晩年の名作を由緒ある教会で楽しむ
サン・フランチェスコ・ダッシジ・ア・リーパ教会は、トラステヴェレ地区に位置する教会で、聖フランシスコが初めてローマに訪れた際に宿泊した、由緒正しい教会である。
サン・サーバ教会
ローマにおける東方系教会の拠点「サン・サーバ教会」
サン・サーバ教会の現在の建物は12-13世紀に建てられた。初期の教会は現在の建物の下にある。 当時、 エルサレムにはキリスト教の東方教会があったが、イスラム教徒による迫害を恐れた修道士たちがローマのアヴェンティーノの丘へ逃げ、そこで暮らし始めた。 サン・サーバ教会はその時に建てられ、ローマにおける東方系教会の拠点となり、 ローマの政治に重要な位置を占めた。
ドミネ・クォ・ヴァディス教会
キリストと弟子のペテロが最後に会った場所
教会名となっている「ドミネ・クオ・ヴァディス」は、ラテン語で「主よ、どこへ行かれるのですか」という意味がある。 伝説では、キリストと弟子のペテロが最後に会った場所として知られている。