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建築物
47件
サンタ・トリニタ教会
ブランド街に建つ歴史ある教会と、趣のある礼拝堂
サンタ・トリニタ教会は、ブランド街として有名なトルナブォーニ通りのサンタ・トリニタ広場、フェラガモ本店の向かいにある。 11世紀に創設され13世紀に再建、16世紀になってベルナルド=ブォンタレンティがファサード(建物の正面のデザイン)を手掛けた。
ルチェッライ宮
フィレンツェの権力者、ルッチェライ家の繁栄の面影を見る
カッライア橋を渡り、カルロ・ゴルドーニ広場から東の方に伸びるヴィーニャ・ヌオーヴァ通りに面して、ルッチェライ宮がある。 赤い染料を発見したことで大儲けして財を成したルッチェライ家は、フィレンツェで最も有力な一族の一つであった。
パッツィ・クァラテージ宮
フィレンツェの歴史を彩るパッツィ一族が残した住居跡
パッツィ家はフィレンツェの古い家系で、メディチ家のライバルでもあった。 フィレンツェでの支配権をめぐって両家は争いを繰り広げ、ついに、パッツィ家の陰謀と呼ばれる事件が起こる。 フランチェスコ・デ・パッツィがメディチ兄弟を襲撃し、弟のジュリアーノを殺害。 これに対し、パッツィ家は100人以上が処刑されるという報復を受ける。 ここからさらに、ナポリ王国を巻き込ん…
ポッジョ・ア・カイアーノ
メディチ家の別荘と庭園ポッジョ・ア・カイアーノ荘
フィレンツェから西へ約20キロメートルの郊外に位置するのが、メディチ家の別邸ポッジョ・ア・カイアーノ荘。 フィレンツェからバス1時間程度でアクセス可能。 この別荘は周辺に広がる緑地よりも、邸宅そのものに見どころがある。というのも、ポッジョ・ア・カイアーノ荘は数あるメディチ家邸宅の中でも珍しく建物内に入場することができる邸宅なのだ。 内部の一部には博物館となっ…
ピストイアのサンジョバンニ洗礼堂
モダンな外装とシンプルな内装が印象的な、14世紀のゴシック建築の洗礼堂
ドゥオモ広場に建つ八角形の建物が、ピストイアの洗礼堂と呼ばれるサン・ジョヴァンニ洗礼堂である。 洗礼者ヨハネ(イタリア語でジョヴァンニ)に捧げられた洗礼堂は、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂に付属する聖ジョヴァンニ洗礼堂と同じ八角形。
ピストイアのドゥオーモ
イタリアで最も美しい高さ67メートル鐘楼とロマネスク様式の歴史ある聖堂
ピストイアのドゥオーモことサン・ゼノ大聖堂が建つこの場所には、5世紀頃にはすでに教会があり、12世紀から13世紀にかけて現在のロマネスク様式の聖堂に改装された。 かつて物見塔であったという高さ67メートルの鐘楼は、美しい装飾が有名。
フィエーゾレのドゥオーモ
ひときわ高い鐘楼が印象的な、フィエーゾレの守護神に捧げられた教会
古い歴史を持つ街フィエーゾレの守護神は、古代ローマの聖人、聖ロムルスである(ローマ建国の神話に登場するロムルスとは別)。 聖ロムルスは、異教徒の街であったフィエーゾレにキリスト教を広め、後に街の権力者の手によって殉死した。
サンタ・マリア・デッレ・カルチェリ教会
牢獄という名のつく教会
カルチェリとはイタリア語で「牢獄」の意味で、サンタ・マリア・デッレ・カルチェリ教会が建設される前は牢獄が建っていた。 1484年、ある子供が牢獄の壁に描かれた聖母子像を見たという。
メリディアーナ小宮
トスカーナ大公コジモ一世の上着と、その妻の死装束
ピッティ宮殿の中にあるメリディアーナ小宮の建物は、日時計(メリディアーナ)があることからこの名前で呼ばれている。 建物は一時期展示スペースとして使われ、3階部分北側に位置部分が、1983年に衣装博物館としてオープンした。
プラートの皇帝の城(インペラトーレ城)
プラートを一望出来る城
13世紀に神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世の居城として建てられた城で、狭間窓のある壁と塔から成る。 皇帝の城またはインペラトーレ城とも呼ばれる。現在内部には何もなく、市の管理下のもとで集会や文化的イベント会場として使用されている。