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ベルリンのエンタメ人気ランキング

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エンタメ

10件

Berliner Philharmoniker

ベルリン・フィルハーモニー

世界に知られる、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の本拠地

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の本拠地で、世界一のホールと評されることも多い。ヴィンヤード型の大ホールの収容人数は2440席、室内楽ホールは1180席。座席はゆったりしており、座り心地も抜群だ。 数多くのマエストロによる名演奏が行われてきた歴史深い場所であり、チケットを入手するのは困難。当日空席が出ることもあるので、開演1時間半前に当日券を確認してみても良…

Zoologischer Garten

ベルリン動物園

ドイツ最古の動物園でのびのびと暮らす動物達

ドイツで初めて建設された動物園。 2007年にホッキョクグマのクヌートが世界中で人気になったこのベルリン動物園は、プロイセン王フリードリッヒ・ウィルヘルム4世が貸付金の他、土地の提供を行い1844年8月1日に開園した。

Deutsche Oper Berlin

ベルリン・ドイツ・オペラ

ドイツオペラの定番を、古きヨーロッパの街並みに囲まれて

1919年にシャルロッテンブルク・ドイツ歌劇場としてオープンして以降、第二次世界大戦時に破壊されるなど幾多の体制変更を余儀なくされてきたが、フィガロの結婚、魔笛、椿姫などオペラファンなら必見な演目が上演されている。 見たことのある演目でも、ここで改めて見るのはおすすめだ。 例えばロミオとジュリエット。 演出の違いによって「自分が知っているロミオとジュリエット…

Konzerthaus Berlin

コンツェルトハウス・ベルリン

ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の本拠地で、上質な音に浸る

元々はフランスのコメディハウスとして始まったこのシアターは、現在ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団(2006年にベルリン交響楽団から改名)を始め、名だたる交響楽団が演奏している。 第二次世界大戦の際に一度破壊されているが、荘厳なシャンデリアや大理石の柱は歴史を感じさせるには十分なほどの存在感を持っている。

Tresor Club

クラブ・トレゾア

東西統合の歴史を語る。世界最大のクラブの一つ、トレゾア

ベルリンの壁が崩壊した後、東西ドイツの若者を文化的、物理的につなげたのがこのクラブ。 東西の統合という大きな社会の変化に寄せられる感情の波、戸惑いや喜び、不安な気持ちなどを受け止める器が必要だった。それが当時のテクノミュージックだった。 ここで生まれたテクノミュージックは世界のスタンダードになり、東西統合の象徴となった。

Legoland Discovery Center

レゴランド・ディスカバリーセンター

レゴでものづくりの楽しさに目覚めさせる、手と体で体感するレゴの世界

2007年春にオープンしたこのレゴランドは完全インドアのアトラクション。 そのため雨天を気にする必要がない。 デンマークに本社を置くレゴをテーマにした遊園地は世界各地にあるが、それぞれが特徴を持っている。

Komische Oper

コーミッシェ・オーパー

気軽にオペラを楽しむなら英語字幕のつくオペラハウス

ベルリン・ミッテ地区にある歌劇場。 コーミッシェ・オーパーは伝統あるフランスの「オペラ・コミック」のドイツ語訳。 戦後、新しい時代のオペラの殿堂として建設されたこのオペラハウス。 外観は比較的質素だが、中は豪華。オペラだけでなくオペレッタやコンサートも行っている。 ドイツ語上演にこだわっているが、座席には字幕装置が備え付けられており、英語しかわからないという…

Chamaleon Variete

カメレオン・ヴァリエテ

ドレスアップしてワインと楽しむサーカス、ヴァリエテ

アートの街ベルリンはあらゆる種類のアートに触れることができる。 クラシックのような歴史の深いものもあれば、アンダーグラウンドな場所も多くある。 その中で言うと、ここは少しオシャレをして男女で出かけたくなるような場所だ。

Theater am Potsdamer Platz

ポツダム広場劇場

巨大でも快適なベルリン国際映画祭の会場でもあるミュージカル劇場

1754席もの観客を動員できるドイツ最大のシアターの一つ、ポツダム広場劇場で演じられるのはキャッツ、美女と野獣、マンマ・ミーアなどまさにミュージカルの定番。 日本で言うなら劇団四季が近いだろう。 1951年から続く世界三大映画祭の一つ、ベルリン国際映画祭の会場もこのポツダム広場だ。

RadialsystemV

ラディアル・システムV

予期せぬフュージョンが生まれる場所、ラディアルシステムV

2006年にアートや文化のオープンな交流を促す装置としてつくられた複合施設。 元々は1999年まで下水処理施設として稼働していた建物だった。 2004年にラディアルシステムV社の建築家ゲルハルト・シュパンゲンベルクが改修案を提示。戦争の間に破壊された施設は新たに三階建のポーチとして。