基本情報
料金 : | THB1,800- |
送迎 : | なし |
所要時間: | 6時間 |
開催曜日: | 毎日 |
スポット: | アユタヤ遺跡(ワット・ヤイチャイモンコン、ワット・マハタート、ワット・プラシーサンペット、ワット・ロカヤスタ、ワット・チャイワッタナラーム) |
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総合評価
遺跡を短時間で効率よくたくさん回りたい、という人には最適。アフタヌーンティー付きプランもおすすめ。
コスパ評価
バンコク発、日本語ガイド付きでアユタヤ遺跡を5箇所も巡ることができ、6000円強の価格設定はとてもお手頃。
口コミ評価
「盛りだくさんなツアーだった」「参加してよかった」という声が多数。
概要説明
朝の8時に集合し、バンコクからアユタヤへ向かう半日観光のプラン。朝出発のアユタヤツアーは集合時間が早くホテルの朝食が食べられないことが多いが、このツアーでは朝出発前の時間も余裕があり、慌てることなく出発できる。
アユタヤでは、巨大な涅槃仏で有名なワット・ロカヤスタや仏頭が木の根に呑み込まれてしまっているワット・マハタートなど、アユタヤ朝の歴史を感じさせる5ヶ所もの遺跡を効率よく回る。その後バンコクに戻り、解散は昼過ぎ。午後の時間も効率的に使うことができる。
基本コースにランチは付いてないが、アフタヌーンティー付きのオプションプランを選ぶと、グランドハイアットホテルの
ミシュランにも掲載された有名店「エラワン・ティールーム」で優雅なティータイムを楽しめる。セットにはスイーツだけでなく軽食もあるため、ランチ代わりにぜひ。
※本サイトの内容は、2019年3月時点の情報に基づき作成したものです。ツアーの諸条件は変更になる場合があり、本サイトはその内容を保証するものではありません。
アユタヤ遺跡のツアーで訪れる主要なスポット
①アユタヤ遺跡
アユタヤ遺跡は、
1351年から1767年まで続いたアユタヤ王朝の都跡。1967年に「アユタヤ歴史公園」としてタイ芸術局から指定されており、1991年には「古都アユタヤ」としてユネスコの世界文化遺産に登録されている。
アユタヤ王朝は最盛期には現在のラオス、カンボジア、ミャンマーの一部を領有するほどの勢力を誇った。その都であったアユタヤは、チャオプラヤー川とその支流に囲まれて水運に恵まれ、1767年のビルマ(コンバウン王朝)の侵攻で滅ぼされるまで、ヨーロッパと東アジアを結ぶ貿易都市として栄えた。
現在遺跡では、
アユタヤ王朝の栄華と、侵攻の激しさを伺うことができる。王宮や仏教寺院など多くの見所が多数あり、タイを訪れるならぜひ足を運んでおきたいスポットだ。
②ワット・ヤイチャイモンコン
名前は「吉祥なる勝利の寺院」を意味している。1351年、アユタヤを建都した初代ウートン王によってセイロンへ留学した修行僧のため、瞑想用寺院として建立され、当初は「ワット・パーケオ」と値付けられていた。
1587年にアユタヤの独立を回復した「大王」ナレースワン(サンペット2世)が勝利を記念して仏塔を奉納。そのうちの1基が「プラ・チェーディー・チャイ・モンコン」(吉祥なる勝利の仏塔)と呼ばれたため、現在の名に変化した。
ナレースワン大王の奉納した高さ72メートルの仏塔が名物。階段を登って上まで行けることができ、上部にはたくさんの金箔貼りの仏像が納められている。また、アユタヤを一望することができ、景色も一級。
③ワット・マハタート
ワット・マハタートはアユタヤ歴史公園の遺跡群のひとつ。13世紀に建立されたアユタヤ王朝の重要な寺院。かつては塔の頂上が黄金に輝く華々しい姿を誇っていたが、ビルマ軍の侵攻により廃墟と化した。
現在では
木の根に埋まってしまった仏頭が有名で、観光スポットとして知られている。そのほかにも、頭部がない仏像や、崩れ落ちたレンガの壁などがビルマ軍の侵攻の激しさを伝える。
1956年の修復の際、塔の跡から黄金仏や宝飾品などかつての映画を伝える物品が数多発見され、チャオ・サン・プラヤー国立博物館に展示されている。
④ワット・ラーチャブラナ
ワット・マハタートの隣に位置している廃墟寺院。15世紀半ば、アユタヤ王朝の第8代の王ボロムラーチャー2世が建立したとされる。王には二人の兄がおり、彼らが王位を巡って殺し合った後に王位に就いた王は二人の遺骨を納めるためにこの寺院を建てた。
「最初に訪れた王は死ぬ」という伝説が広まり、歴代のアユタヤ王は誰も訪れなかったとされている。手前にはビルマ軍によって破壊された礼拝堂跡が門のような形で遺り、物寂しい雰囲気を漂わせる。
境内中央には奇跡的に戦火を免れたクメール様式の「
ブラーン」と呼ばれる仏塔が建っている。煉瓦造りで重厚な建物だ。中にはかつて遺体安置所であった石室があり、
タイに現存するなかで最古の壁画を見ることができる。塔の下からは1957年に多数の宝物が発掘されており、こちらはチャオ・サン・プラヤー国立博物館に展示されている。
⑤ワット・チャイワタナラーム
1630年、アユタヤ王朝第24代の王プラサートトーンが母を偲んで建立した仏教寺院。チャオプラヤー川の西側に位置する。境内中央に主塔がそびえ立ち、四方に4基の塔堂(プラーン)を従えて周囲を回廊が取り巻く。また、八方には古代インドの世界観で世界の中心にそびえるとされた須弥山(しゅみせん)を表す塔を有する。
この建築様式がアンコール・ワットに似ていることから、カンボジアとの戦争に勝利したことを記念して建てられたという説もある。建立されてからアユタヤ王朝が滅亡するまで、王の法事を執り行う王室寺院として使われていた。
ビルマ軍の侵攻によって焼かれ、他の寺院と同様廃寺と化していたが、1987年に改修。現在では
アユタヤでもっとも美しい寺院遺跡のひとつとなっている。夜にはライトアップされ、美しい姿を宵闇に浮かびあがらせる。
⑥ワット・ロカヤ・スターラーム(ワット・ロカヤスタ)
アユタヤの西、クン・ペーン・ハウス(アユタヤ王朝時代の高床式民家を復元した建造物)の北側に位置する仏教寺院の廃墟。後期アユタヤ王朝の中期に建立され、かつては周壁内に本堂のほか、多くの仏教施設が存在していた。
ビルマ軍の侵攻により大部分が破壊され、建物は67.5メートル四方の基壇跡が残るのみとなっている。
観光の目玉は、
広大な草原に寝そべる高さ5メートル、全長28メートルの巨大な寝釈迦仏。1956年にタイ芸術局によって復元されたもので、真っ青な空の下、穏やかな表情で人々を見守っている。
⑦ワット・プラ・シーサンペット
ワット・プラシーサンペットはアユタヤ王の遺骨を納めた3つの仏塔を含む仏教的施設。アユタヤ王宮内にあったもっとも重要な寺院とされている。トロイローカナート王時代の1488年に建立され、以来宮中儀式が執り行われていた。
3基の仏塔が並んでおり、王と息子である王子たちの遺骨が納められていたと言われる。仏塔の東側には、後に本堂が建立され、
高さ16メートル、重さ171キログラムの純金に覆われた立仏像が置かれていた。この仏像が、寺院の名前にもなっている「プラ・シーサンペット」。
仏像はビルマ軍による侵攻で寺院もろともことごとく破壊されてしまったが、のちに修復されて現在の姿となった。
⑧バン・パイン宮殿(バーンパイン宮殿)
バン・パイン宮殿は1637年アユタヤ王朝の24代目の王、プラサート・トォン王が建てた宮殿。アユタヤの中心地からチャオプラヤー川を南へ約17キロメートルくだったところに位置している。
ビルマ軍侵攻以降放棄されていたが、チャクリ王朝のラーマ5世と4世によって再建。歴代の王の夏の別荘として利用されていた。湖の上に浮かぶような姿が印象的。
パビリオンと呼ばれる5つの館が点在し、中央に位置するタイ風建築の「
プラ・アイサワン・ティッパート」、中国風建築の「
プラ・ティナン・ウィハット・チャムルン」、ルネッサンス風の「
プラ・ティナン・ワロパット・ピマン」など、それぞれに異なる様式の美しい建物群を見ることができる。また、庭園も必見。
⑨日本人村(アユタヤ日本人町跡)
アユタヤ日本人村の起源は14世紀頃だとされている。主君を失った浪人が流れつき、ビルマからの軍事的圧力に悩まされていたアユタヤ朝は彼らを傭兵として雇い入れていた。
また、16世紀頃には朱印船貿易で訪れた商人たちが暮らし、町は発展を遂げる。大きな港も建設され、最盛期には2000人から3000人以上もの日本人が住んでいたという。町長を務めた山田長政は第22代アユタヤ王ソンタムの信任を得て王女と結婚するなどしたが、他の官吏の反発を受け暗殺される。日本人町は謀反の疑いをかけられ、焼き払われた。
その後、日本の鎖国もあり、日本人町は徐々に歴史からその姿を消していった。現在跡地は
記念公園に指定され、石碑や日台修交120周年記念館が設立されている。
⑩ワット・プラ・ケオ
ワット・プラ・ケオは、
バンコクの宮殿の北側に位置する、タイでもっともきらびやかな寺院。1782年、現在まで続くチャクリー王朝を開いたラーマ1世が護国寺として建立した。
金色の仏塔や、あちこちに施された細緻で美しい装飾は必見。「
エメラルド寺院」の名で知られ、美しいエメラルドグリーンのヒスイ製の仏像が祀られていることで有名。
⑪ワット・ポー(涅槃寺)
ワット・ポーは、バンコクの宮殿の南側に位置する寺院。ラーマ3世によって造立された、
高さ15メートル、全長46メートルにもおよぶ黄金の涅槃仏で知られている。その足の裏には仏教の世界観をあらわす108の図が螺鈿細工によって刻まれている。
建物はタイ文化と中国文化の混合様式。タイ最大級の寺院であり、敷地内の仏塔は王や王族たちの墓の役割を果たしている。また、この寺院はラーマ3世によって医学の府とされていたため、タイ古式マッサージを受けることもできる。
⑫ワット・アルン(暁の寺)
10バーツ硬貨に刻まれている、バンコクにある有名寺院。「アルン」とは「暁」という意味で、三島由紀夫の小説『暁の寺』の舞台ともなった。創建については不明だがアユタヤ王朝期には既に建てられており、かつては「ワット・マコーク」などと呼ばれていた。
のちのラーマ1世がヴィエンチャンを攻略してエメラルド仏を戦利品として持って帰った際、最初に安置されていたのがこの寺院。
トウモロコシのような形の特徴的な仏塔はバンコク様式で、高さが75メートルもある。
⑬ダムヌンサドゥアック水上マーケット
ダムヌンサドゥアック水上マーケットは、タイでもっとも大きな水上マーケット。バンコクから西に約90キロメートル離れたラチャブリー県に位置している。
アユタヤ遺跡とともに巡ることができるツアーが催行されており、
商船が行き交う賑やかなマーケットをボートに乗って見て回ることができる。水上の暮らしを垣間見られる貴重な体験となるだろう。
⑭メークロン線路市場
国鉄メークロン駅前の線路上にせり出した路面市場。
列車が来るたびにテントをたたみ、通過するとすぐに開いて商売を再開する様子は衝撃的。
ダムヌンサドゥアック水上マーケットとともに、現地の文化に触れることができるツアーが催行されている。ここでしか見られないユニークな光景を楽しんで。